YOSHIKI活動履歴2008年
EXTASY RECORDS(エクスタシー・レコード)は、日本のミュージシャン・YOSHIKIによって設立されたインディーズのレコード会社である。1986年設立。日本のロック、特にヴィジュアル系ロックを広く世間に広めた先駆的存在のレーベルである。現在も社長はYOSHIKIであり、LADIES ROOMのGEORGE、TOKYO YANKEESのUMEが取締役などの職に就いている。なお製作部長は故HIDEであった。現在の本社は東京都渋谷区広尾の恵比寿プライムスクエアタワー11階。2000年にはワールドワイドな展開を見据えたEXTASY JAPANにまで発展したが、2003年2月20日活動停止、2007年活動再開。多くの人気を博したヴィジュアル系ロックバンドが所属していた事により、昔は「東のエクスタシー、西のフリーウィル」とも呼ばれていた。ちなみに西のフリーウィルとは冨岡裕(Dynamite Tommy)のフリーウィルのことである。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より
元々は、YOSHIKIが自身のバンドX(後のX JAPAN)のレコードを発売する為だけに作られた。立上げ以前は全くもって知識の無かったYOSHIKIは、片っ端からレコードのプレス工場、出版社、写植屋、レコード店などをあたり、会社設立の方法などを学んでいった。そして1986年にXの「オルガスム」をリリースするに至る。後に、XのローディーをしていたLADIES ROOMのアルバムもリリースするようになり、本格的にインディーズレーベルとして動き出す。 また、Xのメンバー・hideが発掘したLUNA SEA、ZI:KILLや、YOSHIKIが発掘したGLAYなどのバンドも、それぞれEXTASY RECORDSからアルバムをリリース、その後メジャーデビューを果たす事となり、ヴィジュアル系バンドのメジャーへの登龍門的存在となった。
1988年から、所属バンドが一堂に会したイベント「EXTASY SUMMIT」が開催されるようになり、1991年には日本武道館で開催されるまでに巨大化する。COLORのDYNAMITE TOMMYが主宰するフリーウィルと業界シェアを二分独占の感もあった。この頃になると、Xは既に日本のロックシーンの頂点に君臨しており、それに続いてLADIES ROOM、ZI:KILLが続々とメジャーデビューを果たす。
1992年には「EXTASY SUMMIT」が武道館のみならず大阪城ホールでも開催された。また、イベントの模様を収めたビデオや本がリリースされるなど、この頃がレーベルとして最高潮とされる。これ以降はX JAPAN(この年、Xから改名)の海外進出や他バンドのメジャーでの活躍などで個々のバンドが忙しくなり、イベント開催は無くなる。
2000年、レーベル15周年を機にコンピレーション・アルバム「History of Extasy」をリリースする。これ以降、レーベルとしての活動が失速気味となる。2003年初頭以降、オフィシャルサイトの更新が途絶え、サイトは存在するものの、事実上活動を停止した。しかし、毎年「EXTASYRECORDS.co.jp」のドメインを「株式会社 エクスタシーレコード」名義で更新していた。
2007年にCatacombsオリジナルサウンドトラックをEXTASY RECORDS INTERNATIONALより発売。そして、再結成したX JAPANのMy spaceの試聴の際のレコード会社の表記で「EXTASY RECORDS INTERNATIONAL」と書かれているため、活動再開したものと見られる。